埋もれた遺産 第1話 |
図書館。 最初頭に思い浮かんだのはその単語だった。 円形に作られた部屋の壁一面に、沢山の本が整然と収められていて、図書館でなければ個人所有の書庫か何かだと考えた。 上を見上げると、どこまで続いているのだろうと思うほど高く、天井が見えなかった。 大体建物の2階に当たる部分だろうか?その辺りに、まるで空中に浮くような形で鎮座している照明があり、その明かりが届かない場所から上は真っ暗で、まるで細長い円柱の塔の中を連想させる。 部屋の中央には執務用と思われる重厚な造りの机があるが、その机の主はこの部屋には居ないようだった。 後ろを振り返ると、木製のやけにレトロな扉。 レトロではあるが古びたという印象はなく、扉に彫り込まれた装飾のせいか、洗練された美しさがあった。 後方には書棚は無いらしく、一面レンガ造りの壁だった。 そのレンガは一般的な茶色のものではなく、まるで墨汁を落とし込んだかのような真っ黒い物で、遠くから見れば暗闇に扉がポツンとある様に見える。 左右を見渡すと、レンガと書棚の境目に当たる場所に、それぞれ扉があり、右側の扉の辺りには、どうやら上の階へ続く階段があるようだった。 その階段は書棚の裏を通るような形になっており、登り口以外は見えなかった。 階段に近づき覗き込んで見ると、その場所は思ったより明るかった。 漆黒のレンガ造りの壁に沿って作られた階段は、ならだかな傾斜となっていて、思ったよりも幅が広く歩きやすそうに見えた。 壁には煌々とした明かりが灯りがともされている。 ろうそくにしてはやけに明るいが、人工の照明には見えない。 なぜなら、ゆらゆらと揺れているように見えるから。 まるで鳥の、あるいは蝶が羽ばたいているような幻想的な揺らめき。 生きているように揺らめくそれに興味を引かれ、階段に足をかけた。 その時、後方・・・つまり左側の扉が開く音が聞こえた。 「C.C.、戻って来ていたのか?」 涼やかな男性の声が部屋の中に響き渡る。 しまった、勝手に入り込んだ上に、二階にまで上がろうとしたのだ。 完全な不法侵入。 これは怒られる。 慌てて階段から足を引き、踵を返した。 カツリ、と足音を立て室内へ入ってきた人物は、こちらの姿を視界に収めると、驚き、目を見張った。 当然だ、見知らぬ人物が勝手に室内に入り込んでいるのだから。 だけど別にやましい気持ちがあってここに居る訳ではない。 警察でも呼ばれたら大変だと、部屋の中ほどまで駆けるように進み、説明をするため慌てて口を開こうとしたのだが。 そこで僕は、声にしかけた言葉を思わず飲み込んだ。 薄暗闇で良く見えなかったその姿が、部屋の明かりに照らされ眩しいほど鮮烈に視覚に飛び込んできたのだ。 艶やかな漆黒の髪がさらりと揺れ、その透き通るような白い肌に影を落としていた。 長い睫に縁取られた瞳は、まるでアメジストのような輝きを放つ深い紫色。 少し釣り気味なその瞳を大きく見開き、ほんのり色づいた薄い唇を僅かに開いたその顔は、美しさを追及して作られた人形のようにも思えた。 身に纏っているのは黒いスーツ。まるで貴族が着るような作りのそれは、良く見ると襟元に細かな刺繍がされており、素人目でも高級品だと解るものだった。首元はネクタイではなく、純白のスカーフが巻かれており、タイピンは四つ葉のクローバーを模した深い緑と、深い青の宝石。 物語や映画に出てくる皇子様のような洗練された姿と、その美しさに僕は完全に目を奪われていた。 互いに声を発することなくどれほどの時間が過ぎただろうか。 先に口を開いたのは彼だった。 「・・・どうやって、ここに?」 困惑が滲んだ、なぜか郷愁を誘われるその声に「え?」と、間の抜けた返答をしてしまい、慌てて言葉を続けた。 「す、すみません勝手に入ってしまって。怪しい者ではありません」 怪しい人物が怪しい者ですと言うはずはないのだが、慌てていた僕はそんなお決まりなセリフしか言う事は出来なかった。 予想通りというべきか、相手はその柳眉を寄せ、こちらを見つめてくる。 まるで探るような視線に、羞恥のせいか頬が熱くなってきていた。 「え、ええと。・・・すみません、ここは・・・どこなんですか?」 下手な言葉を述べるよりも、僕は素直にそう口にした。 そう、有体に言うならば。 僕は迷子だった。 |